先日ピアノのアサヒさんから、

ありがとうの歌のバラードVer,が届きました。

演奏もアレンジも素晴らしすぎて、涙が溢れました。

歌、無くていいんじゃないかな?と、心から思ってしまう。笑

このバラードVer,のMVは、1匹のヒヨコが自分の力で飛び立つまでの物語を映像にしたい。もちろん私です。

(最近、ツバメちゃん達を見ながら思っています🐣)

おじぃとの出逢いがなければ、今の私は確実にいない。

そして、叶うならおじぃ本人にも映像に出てほしい。

最後におじぃの為に何が出来るか?

私は、ずっとずっと考えてきました。

これが答えです。

この作品をおじぃに贈る。

そして、出来ればおじぃにも出演してもらう。どこまで叶うのか?まだわかりません。

そしてこれとは別で、

おじぃとの物語を、少しずつ可視科していこうと思っています。イラストと共に。

あんなに素晴らしい人がこの世界にいた事を書き残したい。

(まだ、死んでない。)

そして、

諦めずに真っ直ぐ生きていたら、

奇跡みたいな贈り物を受け取れる事を多くの人に伝えたい。

宿命は、意識的には選べません。

生まれる国、親、容姿、才能。

では、生まれた瞬間に人生の全て決まってしまうのか?

そうじゃないですね。

運命は、選択でいくらでも変える事が出来る。

私は、幼い頃からいつもどこか寂しかった。

いつも何かを探していた。

でも、どこを探しても見つからなかった。

いや、本当はあったのかもしれない。

でも、気づくことが出来なかった。

私がずっと欲しかったもの。

それは、無条件の愛でした。

親から無条件の愛で包まれて育った子どもと、そうじゃない環境で育った子どもは全然違う世界を生きています。

それでも、同じように現実の世界を生きていかなきゃいけない。

アダルトチルドレンと呼ばれる人たちがいます。置き去りのままの心を持って生きている人たち。

気付いてるかどうかわかりませんが、

そうやって生きてる人たちが、

日本には、少なくないと思うのです。

生き辛さを感じてる人がいる。

私はそれは、弱さではないと思うのです。

私はそんな人たちや、今そうゆう状況にある子どもたちの役に立ちたいのです。

比べられるものでもないけれど、壮絶な幼少期を過ごしてきたた人がいる。

その人たちが、愛されて宝物の様に育った人たちと同じように伸び伸びと生きられるでしょうか?無力だった幼少期に受けた傷は大きいのです。

そして幼い頃に受け取るものは、その人の土台になります。

しっかりした土台の上なら、多少の風が吹いても立っている事は出来る。

でも、土台がグラグラしていたら?

もう一度言います。

運命は、選択でいくらでも変容できる。

私のように1㎜も諦めずに、手を伸ばし続ければ奇跡は起こる。

“求めよ。さらば与えられん“

これは、真理です。

だけど、手を伸ばして、求めたところで、自分が望んだものが手に入るかはわからない。でも自分が諦めてしまったら、もうそこで終わってしまう。

私のように、おじぃという素晴らしすぎる人に出会えて無条件に愛されるというのは稀有なケースだと思います。

いまいち参考にはなりきれない。

だから今もどうしたら役に立てるのか、模索中です。

おじぃとの物語が誰かの役に立つかなんて、もちろんわからない。

それでも、やっぱりこの軌跡は残したい。

あんなに素晴らしい人がいたことを。

(まだ死んでない。2回目。)

今年も挑戦する事は多そうです。

まずは、このバラードVer,のレコーディング。私は、レコーディングが誠に苦手。

今年中にレコーディングの苦手も克服したい。

がんばりまーす!

明日は、mesm東京様でのライブです。

19時からと、20時からの、2ステージ。

精一杯歌ってきます。

また書きます♥️✨